思想体系学的決闘

(『生体融合帽』+『ファイレクシアの闘技場』)÷3+(『1ターン目から場に出せる』+『遊戯王OCGの特性である手札高速発動』-『割られると37.5%分きっちりライフを削られる』)=《破滅へのクイック・ドロー》。成る程。確かに貧弱だがこうして要素分解すれば『3000』に美学が見えるな。君子曰く「『モンスターに依存しないドローエンジン』が白兵戦主体の遊戯王OCGにおいて如何に空しいか」という決闘思想の現れの一つと見るべきなのだろう。逆に言えば『その観点』からフィクション・デッキを一個帰納出来るかもしれない*1。「ターン終了ステップ→『厳かなモノリス』でマナブースト→『天才のひらめき』でカードを6枚引く」或いは「手札4枚→『禁止』でカウンター→手札を2枚捨ててバイバック→『禁止』を手札に戻す→手札2枚→《ミューズの囁き》でカードを1枚引く→6マナ払ってバイバック→《ミューズの囁き》を手札に戻す→手札3枚→次のターンドロー→手札4枚→以下相手が泣きを入れるまで同じ事の繰り返し」とは明らかに異なる決闘体系。この辺の異文化理解が一種の『肝』となるのだろうか*2
真正面…手を伸ばせば即届く程の至近距離において対峙するところから始まる遊戯王OCG。そこにある可能性とは何だ?

*1:要はでっちあげるってことだが。

*2:かって不思議の国ジャパンを研究したヨーロッパ学者の気分。