両性具有―ヨーロッパ文化のなかの「あいまいな存在」の歴史②―

両性具有―ヨーロッパ文化のなかの「あいまいな存在」の歴史

この「覇王翔龍撃」では二回目の特集。前回は三章編成の内の第一章「作り話」について書いた筈なので今回は第二章「医療の確立」について書きたいと思う。これが中々凄いんだ。


この本の説くところが正確なら…の話ではあるが、17〜18世紀頃、古典主義や啓蒙主義の人々あるいは医者や哲学者らを中心に両性具有は研究されていた。その理由は、表向きには両性具有を巡る幻想や御伽噺から自由になるためだったらしいが、実際には自らが属するのイデオロギーを正当化する為の手段の一つという側面もあっらしい。この辺は如何にもありそうなことだが、とりあえずここでは省略させてもらう。ただ一つだけ書くと、当時は両性具有を、女性の過剰と決め付けたり異国にしか存在しないものと定義付けたり、つまり比較的カオスな領域に閉じ込めようとしていた傾向があるようだ。それはある意味で現代にも残っている風潮かもしれない。

さて、とにもかくにも当時は両性具有を規定するため様々なアプローチが試みられ、そしてこの手の研究は遂に行くところまで行った挙句、奇形学者イジドール・ジョフロワ・サン=ティレールの手によって「両性具有の体系的総合一覧表」として纏められる程の盛り上り?を見せたようだ。実に興味深かったので今回はコレを引用した上で語らせてもらうが、実に胡散臭い仕上がりを見せている。

【両性具有の体系的総合一覧表】
(クラス1)性器の数が過剰でないもの。
A おもに男性の性器を持つ。
一類、男性の両性具有。
B おもに女性の性器を持つ。
二類、女性の両性具有。
C 男性器と女性器の中間の形状を示す性器を持つが、実際にはいずれの性でもないもの。
三類、中性の両性具有。
D 部分的に男性あるいは女性の性器を持つ。
四類、混合の両性具有。
a 男性と女性の性器が重なっているもの…重複の両性具有
b 片側の性器は同一だが、もう片側は反対の性になっているもの…半側面の両性具有
c 右の性器と左の性器が別の性になっているもの…側面の両性具有。
d 右側の奥の性器と左側の手前の性器が同じ性、反対の組み合わせが別の性になっているもの…交差の両性具有

(クラス2)性器の数が過剰な物
A 男性器に余計な女性器がいくつかついているもの。
一類、男性の複合両性具有
B 所性器に余計な男性器がいくつかついているもの。
二類、女性の複合両性具有
C 弾性器と女性器の両方を持つ…雌雄同体の両性具有
1 片方あるいは両方の性器が不完全なもの…不完全な雌雄同体の両性具有
2 ふたつの性器とも完全なもの(まだ確認されていない症例)…完全な両性具有

『重複の両性具有』はまあいいとして、『半側面の両性具有』辺りから意味がわからなくなってくる。大体半側面という表現自体がそれなりにレア。『交差の両性具有』に至っては何がどうなってるのか想像することすら難しい。その意味のわからなさは『頭脳活性型の無我』を髣髴とさせる。そんな淡々と書かれても。しかし、このある種の狂気を最も顕著に象徴するのは『雌雄同体の両性具有』であろう。この単語には恐ろしいまでの瘴気が込められている。とはいえ、こんなことを言われても今一ピンと来ない人もいるだろうから一応説明しておこうか。まず“両性具有者”を和英で引くと“hermaphrodite”とでるが、コレを英和で引きなおすと“両性具有者;[動]雌雄同体[植]両性花植物”。要は事実上の重複表現である。それは例えるなら、細かく“ガンダム”を分類していった結果“RX-78-2のガンダム”となったようなものであろう*1。果たして両性具有という概念は其処まで徹底的に分解される必要性と許容性*2を有していたのだろうか。ここまで細かく分類されると、「今まで僕らが見てきた両性具有は一体何だったのだ!もしや先週のアレは贋作の両性具有*3だったのではないか?」などと疑いたくなる程の情熱*4だが、これだけやっても当時の両性具有問題の解決には大して役に立っていなかった疑いがある。つーか役に立ってない。もっとも本人は本気だったのだろうが、どうも当時の両性具有の問題は言葉上の区画整理で済む話ではなかったようである。まあ、その辺については第三回で改めて特集しよう。表面が綺麗な世界は大体中が黒いんだ。

追記:『「男性」の「両性」具有』の時点で狂っていると思う。

*1:あの世界ならばわりと普通にありえそうな表現あり、かつあの世界もいい加減狂気空間ではあるが、一応は趣味の世界である。一方、こちらは実用の世界(の筈)。

*2:「分ける」ということは、それぞれ扱いを変えるということを暗に意味している(よーな気がする)。それをやっていいのかどうかという話…かな。

*3:中世ヨーロッパ期においてはこんな言い方すら単なる冗談ではなかったようだ。

*4:それだけ両性具有は好奇心をそそるものだったということだ。境界線を巡る闘いは何時だって狂気と隣り合わせ。